
大分県と称せられたのは明治4年の11月で、明治5年1月23日
大分郡南勢家(現在の大分市都町)に大分県庁が設置されました。
「豊後国風土記」は、"おおいた"について景行天皇に由来を求めています。
天皇がここに来たとき「広大なる哉、この郡は。よろしく碩田国(おおきた)と名づくべし」とし
これがのちに"大分"と書かれるようになったといわれます。
しかし、実際の大分平野は広大とは言いがたく、むしろ地形は狭く複雑であり
「多き田」→「大分」との見解が最近の定説です。これが"とよのくに""おおいた"の由来です。
県名の由来は住んでいる人もなかなか知らなかったりします。
大分県に住宅を構えたら近所の人に教えてみてください。
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